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ゲンが教えてくれたこと

090408.jpg 「ポー・ヨー、抱っこ!ずっとしてもらってなかったよ!」僕の顔を見上げながら甘ったれた声でゲンが言った。そういえば、ここのところしてあげてなかったかも、最近ちょっと忙しかったしな・・・と、記憶のテープを巻き戻しつつ、華奢な胴回りを両手で抱き上げる。同時に細い2本の脚が、僕の腰にしっかりとした力で巻きつく。11歳になるゲンは、未だに抱っこのおねだりをしてくる常連だ。昼下がり、食事のあと、夜・・・僕が少しでも手が空いているのを見かけると、小気味よく駆け寄って来てはひょいっと身軽に飛びついてくる。

 抱っこをして近くなったゲンの顔は、ニコニコのご機嫌だ。「あっちに行こう」「次はこっち」と指図し、他愛もない話をしながら散歩が始まる。どんな時も自分のペースを崩さないゲンとの会話は、気の向くままにどんどん話題が変わることが多い。また、日本人がタイ語を理解できない場合、他の子どもたちは子どもなりにもう少し分かりやすく説明し直してくれたりするのだが、ゲンはそんなことお構いなしなので、僕も会話についていくのにけっこう必死だ。そして抱っこをしている最中には必ず一度、僕の肩や胸にその小さな顔を力いっぱいうずめてくる。これでよく鼻水がシャツに付くのだが、まあ気にしない。

 ホームにはゲンより年下の弟や妹もたくさんいるのだが、少なくとも僕にこんなに頻繁に抱っこをおねだりしてくるのは、ゲンの他には誰もいない。最年少アーパイやパヌを差し置いて、密かにホームの甘えん坊ナンバーワンなのでは、と僕は踏んでいる。タイでは、抱っこをするのは赤ちゃんや本当に小さい子どもだけ、ゲンのような年齢の子どもにはもうふさわしくない、と考えるようだ。僕も自分が父や母にいつまでしてもらっていたか、覚えていないが(けっこう遅かったかも・・・?)、でもあの、決して目には見えないが確かに自分を包み込んでくれているという安心感というか、居心地の良さだけは、この歳になってもまだ鮮明に思い出される。それを思うと、おねだりに来たゲンを拒むことなど、僕には到底できない。

 大人は、目の前にいる子どもの一挙手一投足を見て、「どうしてこの子は・・・」「どうやったらもっと良い子に・・・」と頭を悩ませ、そしてその将来を案じる。確かにそれも、子どもを想うからこその親心のひとつであろう。しかしゲンに限らず、孤児である子どもたち、特にまだ幼い年齢の子どもが今本当に必要としていることは、もっとストレートでシンプルなもの、体ごと感じられる安らぎや、スキンシップなのかもしれない。わかっているようで、全然わかっていなかったこと。それは僕が孤児ではなかったからなのか。無邪気に抱っこをせがんでくるゲンと接していると、そんなことを考えさせられ、ちょっと胸が痛くなるのである。

小宮 陽之助|2009/04/08 (水)

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