写真日記
1962年・夏の終わりに旅も終わり学校が始まりました
ミュンヘンを出発、ドイツ国内、デンマーク、スウェーデン、イギリスからフランスを回り、バルセローナとマドリッドと旅は続きました。バルセローナではサグラダ ファミリアを、マドリッドではプラド美術館、そして「闘牛」と「フラメンコ」を見ましたが記憶に残っているのはプラド美術館のヴェラスケスの作品1点のみ、サグラダ ファミリアもさして面白くなく、ガウディの集合住宅は何となく素敵だと感じ、闘牛士が下手だったのか牛がなかなか死なず「闘牛」は不快、フラメンコも楽しめず、オリーブオイルの臭いもあの時は好きになれず、、、、印象のあまりよくないスペインを後にスイスに向かいました。
アイガー北壁の麓の町グリンデルワルドから登山電車で見に行った氷河の不思議な冷たい青い色は良く覚えています。静かで牧歌的、清潔、整理整頓されていたスイスから次はベニス、まさにキャサリン ヘップバーンとロッサノ プラッツィ主演の「旅情」で観たとおり!駅舎を出たら運河だった!!
ゴンドラ競争を見たその晩、運河の臭さと日射病で夜中に気持ちが悪くなり熱をだし、父が一晩中濡れタオルで額を冷やしてくれたホテルの部屋くらいしか記憶していません。その後行ったローマも「ローマの休日」でオードリー ヘップバーンがアイスクリームを食べたスペイン階段、後ろ向きにコインを投げ入れるとまたローマに戻れると言うあの噴水の中のコインがキラキラと光っていた事、嘘つきが手を入れると噛みつかれると言われているあの石の彫刻、ローマ時代の遺跡にやたら野良猫が多かった事くらいしか覚えていません、、、残念ながら16歳の私の旅はそんなものでした。
ローマからは観光バスでナポリ、カプリ、ポンペイへ行きました。カプリ島「青の洞窟」の青さとポンペイの壁の素敵な赤、そしてローマで食べたローマ風牛タンのグリーンソースの緑!この3色は今でもはっきり思いだします。
ローマからは最終地ウイーンに向かい、映画「第三の男」に登場したプラター公園の観覧車に父と乗り、「ウイーンの森」で食事をし、スペイン乗馬クラブで馬術ショーを観ました。
当時の写真があったり、日記かメモでも手元にあればもっといろいろと思い出すことが出来るのでしょうがそれもなく、あそこで嗅いだ匂い、見た色、父が買ってくれた品、飛行場の風景、教会の雰囲気、美術館、絵画そして出会った人たちのかすかな記憶がぼんやりと今はあるだけです。しかし49年前のあの父との旅は今思い返すと何と言うか一番「旅らしい旅」だった気がします。
9月のはじめミュンヘンに戻りデザイン学校に入学しました。そして2週間後に父は帰国、3年間にわたる本格的な一人でのドイツ生活が始まりました。「かわいい子には旅をさせろ」とは言いますが、16歳と言う年齢は突如親元、そして生まれ育った国を離れ一人で外国で暮らすには早すぎたと言うか中途半端だったと思います。だからこそ体験できた事や身につけた事もたくさんあるのも事実ですが、、、(つづく)
名取 美和|2011/10/01 (土)
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