センダーオの幼稚園通学と、山岳民族の「無国籍」問題
約半年待ち続けて、5歳の女の子「センダーオ」が念願の幼稚園に通い始めたことは、わたしたちにとって、とても嬉しいニュースでした。彼女はタイ語の読み書きも勉強し始めていたし、歌も、お絵描きも大好きなので、幼稚園に通い、お友達とともに「学ぶ」日を心待ちにしていました。幼稚園の制服を着る彼女はどこか誇らしげ。帰宅時にはいつもニコニコしていて本当に嬉しそうです。
しかし、彼女は少数民族タイヤイ族の出身でタイ国籍(ID)を持っていません。日本に暮らしていれば、誰もが当たり前に取得するはずの「国籍」が、無いままなのです。今回役所や地域の理解によって幼稚園の通学が可能になりましたが、彼女の母親も国籍を無取得で、父親も行方知れずのため、タイの国籍法に照らし合わせれば、この先も彼女が国籍(ID)を取得する可能性は残念ながら「非常に低い」というのが現状です。
ではなぜ少数民族や山岳民族の「無国籍化」問題が起きるのでしょうかー?
歴史的な背景を少しだけお話しすると、ミャンマーやラオスなどと国境を接する山岳地域で生活を営んできた山岳民族は、もともと焼畑農業を生業とし、3年に1度ほどの移動を繰り返しながら伝統的な暮らしを守ってきました。ところが1980年代の初めころから新たな焼畑の開墾に対してタイ政府の営林局が介入するようになり、耕地を広げることが出来なくなりました。また1958年にケシ栽培が全面的に禁止され、山岳民族にとっての現金収入をほぼすべて失ったのに加え、自分たちが日々生活していくうえので食料の栽培も出来なくなったのです。
「このままでは生活が出来ない」という危機感を持った多くの山岳民族が、現金収入を求めてふもとの町まで出稼ぎに出るようになりました。しかし彼らの多くは出生届も出しておらず、国籍(ID)も無いため、タイ社会の中で厳しい生活を強いられているのが現状です。国籍(ID)が無ければ、学校にも通えませんし、病院でも保険がきかず、車や家のローンも組む事が出来ません。教育を受けていない彼らの就職口は、ごくわずかなのです。(センダーオのタイヤイ族に限って言えば、多くはミャンマーのシャン州に居住しており、生活苦から他国へ逃れても難民認定をもらえず、ミャンマーに戻っても政府の待遇は悪く、国籍を持たない者がパスポートを取得出来る可能性はほとんど無いそうです。)
タイ政府は1974年以降、一定の条件を満たせば山岳民族であっても国籍を発行するようになりました。しかし母親も父親も国籍(ID)が無い場合、タイの法律上、その子どもも国籍(ID)を取得することは出来ません。仮に両親が国籍を持っていたとしても、出生した病院を所轄する役所を通じて「出生登録書」を交付する必要があり、町から離れた村の人々や、こうした事情を知らない両親の場合、出生届を出さないまま、子どもが「無国籍」となってしまうのです。そしてその子どももまた「無国籍」となる”悪循環”が続いています。
ちびっこ組9名のうち、4名が山岳民族や少数民族の出身
センダーオは、バーンロムサイのタイ人スタッフの努力と、地域の役所、学校の理解が得られたために、例外的に幼稚園の通園が認められました。しかし国籍が無いので「卒業証明書」をもらうことは出来ません。ナンプレー村の小学校、中学校へ進学できたとしても、国籍の無い彼女の将来の生活を考えると、様々な困難が待ち受けていることは容易に想像出来ます。
しかし、学校に通う事すら出来ない山岳民族の子ども達がタイ国内にたくさんいることを考えると、センダーオは恵まれた立場にあるのだと思います。タイ人スタッフのベンも「国籍の取得は難しいけれど、学校に通って読み書きを身につけてくれれば嬉しいし、必要な教育を受けることで働き口も見つかると思う。彼女はとても聡明な女の子だし。」と話してくれました。
つい最近NGOの現地職員としてアフリカの南スーダンに赴任していた友人が「1年でも2年でも教育を受ける機会が無かった人は、目の前の生活と、自分の財産である牛のことしか話さないことも多い」と言って、「教育」の重要性を説いてくれました。日本人の感覚で言えば「国籍も無く、卒業の証明書が取れない」という状況はとても厳しく感じてしまいますが、センダーオには「学べる」喜びをたくさん感じながら、学校での勉強を通じて、知識や知恵をしっかりと身につけていってほしいと思います。
また、バーンロムサイでは子ども達だけでなく、多くの山岳民族、少数民族の方々がプロダクツの制作やhoshihana villageの運営を支えてくれています。タイの法律が変わらない限り乗り越えられない問題も多くありますが、バーンロムサイとして出来ることに1つ1つ取り組んでいきたいと思います。そして、センダーオの未来が少しでも豊かなものになるよう、最大限のサポートが出来たらと感じています。
改めて、センダーオ。幼稚園に通えるようになって本当に良かったね。これからたくさん良い時間を過ごしてね!
谷岡 碧 | 2013/08/17(土)
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